八八八さんのStory 海外でのアーティスト活動が充実度のピーク。47歳の今、第2のピークを目指す - 従業員満足度調査・360度評価のリアルワン株式会社 - 人と組織の成長を支援
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2022.03.30

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Work & Life~それぞれのStory~

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従業員満足度調査(ES調査)

八八八さんのStory
海外でのアーティスト活動が充実度のピーク。47歳の今、第2のピークを目指す

多様な働き方が進む現在は、職業人生(ワークライフ)におけるロールモデルがない時代ともいえます。選択肢が増えている一方で、将来への不安や迷いを感じている20代・30代も少なくないでしょう。

このシリーズでは、様々な職業人生を歩んできた先人たちのエピソードを紹介します。今後のキャリアプランを考える際のヒントが見つかれば幸いです。

リアルワン株式会社では、誰もが生き生きと働ける組織づくりに貢献する「従業員満足度調査(ES調査)」を提供しています。多様な価値観を持つ人材一人ひとりが充実した職業人生を歩めるよう、あらゆる角度からの提案を行っています。

今回のゲスト:八八八さん(47歳・男性)

【現在のお仕事】
・職種:クリエイター(クリエイティブ全般)
・勤務地:神奈川県
・勤続年数:21年

【経歴】
・大学でグラフィックデザインを専攻
・アプリやWebサイトの企画・制作ディレクター、カメラ撮影・編集、3DCG制作、映像撮影・編集、VJ(映像による空間演出)など、クリエイティブ業務全般に従事

目次:
1.【My Work & Lifeチャート】
・22~26歳:希望する部署に配属されず、モチベーションの糸が切れて退職
・27~32歳:自分の好きな分野の仕事で報酬も高額。全ての仕事が楽しかった時期
・32~35歳:会社が買収され、業務内容が変わったことを機に転職
・47歳:職業人生における第2のピークを目指して
・音楽家との出会いで海外でのアーティスト活動を実現

2. 職業人生を充実させるために
・生涯現役を貫くためにオリジナリティを打ち出していきたい
・生き残るクリエイターは諦めなかった人
・ミレニアル世代へのメッセージ

Work & Lifeチャートから人生を確認してみる

22~26歳:希望する部署に配属されず、モチベーションの糸が切れて退職

22歳のときに初めて就職した会社は、当時流行っていた年俸制とフレックス勤務を取り入れている企業でした。しかし、深夜まで働いても休日に出勤しても手当がつかず、不遇の環境でした。仕事自体は楽しかったものの、時給換算すると180円くらいと最悪な状況になっていました。

仕事の多くは大手企業のWebサイト制作ディレクションだったため、そこにも価値を見出せませんでした。もともとクリエイティブ系グループ会社の一括採用で就職したのですが、希望していた3DCGや映像制作ではなく、インターネット関連の部署に配属となり、制作ディレクターの仕事をすることになりました。

1年間頑張った後、上司とのキャリア面談で「もっと映像制作の仕事がしたい」と伝えたところ、「映像制作案件はないので、自分で営業して仕事をとってきなさい」と無責任な返答が……。この会社はダメだと思い、頑張ってきたモチベーションの糸も切れ、退職することにしました。

その後、ゲーム会社で働いていた友人に誘われ、業務委託の形で3DCG映像制作ができる環境に移りました。仕事内容は良かったのですが、約3年間、プロジェクトが右往左往しているという状態。何も形にならないという不毛な日々を過ごしているうちに精神的に耐えられなくなり、プロジェクトが始動する前に辞めました。

大学を卒業してからの約7年間は下積み的な仕事が多く、楽しいけれど報われないというストレスを抱えていました。今となっては武者修行の時期だったと思えますが、当時は底辺でがむしゃらに働いていました。

27~32歳:自分の好きな分野の仕事で報酬も高額。全ての仕事が楽しかった時期

職業人生のハイポイントは、渋谷の大型街頭ビジョンの映像制作をやっていた20代後半から30代前半の頃です。映像クリエイターとアートディレクターという自分の好きな分野で、かつ報酬も年齢からすると高額でした。企業の立ち上げメンバーだったため、夜勤や徹夜も多く、放送日ギリギリまで映像制作をしていたこともあり大変な思いをしましたが、一番充実していた時期です。

外部の企業から映像制作依頼を受けていたので、有名企業のイベント映像や、テレビ局の仕事など幅広く手掛けていました。ただ、社内には喫煙者が多く環境が悪かったので、当時からリモートワークをしていました。打ち合わせは会社で行い、制作は自宅用に購入したハイエンド機材で行うという毎日です。制作するか寝るかの日々で、毎日がクリエイティブ三昧でした。

同時に、ゲーム会社向けのコンセプトアート制作や音楽イベントでの空間演出、ステージの巨大スクリーンに映す映像制作などもやっていて、全ての仕事が楽しかったです。新しいスキルが必要な案件であっても「作れません」とは絶対言わずに、自分のスキルを高めながら若手の育成も行っていました。

32~35歳:会社が買収され、業務内容が変わったことを機に転職

放送向け映像やミュージックビデオ、イベント向けのプロモーションビデオを制作していた20代後半から30代前半が充実度のピークでした。報酬も高かったので渋谷界隈で生活し、快適かつ自分のスキルを十分に発揮できる環境に満足していました。

また、会社には業務用機材が揃っていましたが、喫煙しながら仕事をする人が多く環境が悪かったため、給料は自宅のパソコンの増強や業務用機器の増設に充てて、会社よりもスペックの高い環境を作るためにどんどん投資しました。

仕事は楽しかったのですが、会社の立ち上げ時期であり、まだ軌道に乗り切っていなかったことから倒産の危機に陥ることに。大手不動産会社に買収され、経営陣が変わってからは業務内容も自分が意図するものではなくなり、会社を辞めました。30代前半から半ばのことです。

その後、もともとの親会社で渋谷のポータルWebサイト制作に携わることになり、企画・制作ディレクター・フォトグラファーとして働ける環境に転職しました。広告代理店でしたが、自社で全てを制作するスタンスの会社だったため、グラフィックデザインから映像制作まで行いました。このときはリモートワークではなく、社内で10~19時までという好環境の中で制作活動ができました。

47歳:職業人生における第2のピークを目指して

ゲーム会社では音楽と映像をシンクロさせるというゲーム制作に携わり、音楽家とのつながりができました。海外アーティストを招いての音楽イベントで映像演出に関わったり、映像演出やCDのデザイン、ミュージックビデオ制作を任せてもらったり、充実した日々を過ごしました。

楽しかったピークは、2000年から2004年にかけて、海外でのアーティスト活動をやらせてもらったときです。国内だけでなく、ヨーロッパ各地でアーティストとしてツアーに参加させてもらうことができました。

それまでの仕事では周囲に振り回されることも多く解せない気持ちになることもありましたが、人との出会いによって海外でのアーティスト活動が実現しました。結果を見れば、底辺から大好きな仕事への道のりであり、苦労の底辺があったからこそ、叩き上げのクリエイターとして自分の価値を高めることができたのだと思います。また、海外での仕事では語学力が身につき、音楽アーティストとの強いつながりも生まれ、一段高いステージに上がることができました。

47歳になった今、今後何をしたらいいのか迷っていましたが、コロナ禍を機に考える時間が増え、あらためて自分は映像と音楽の世界が大好きなんだと再確認しました。迷っている暇はないと考え、第2のピークをアラフィフ時代にも実現できるよう、機材を買い戻しました。残りの人生でさらに高みのアーティスト活動ができるよう、コツコツと夢に向かって頑張っています。

管理職の道ではなく、生涯、現役クリエイターとして仕事と楽しさを両立させていきたいと思っています。

音楽家との出会いで海外でのアーティスト活動を実現

忘れられない職業体験は、ゲーム会社で働いていたときに知り合った年上の音楽家が私の力を評価してくれ、音楽の世界へと引き上げてくれたこと。この出会いをきっかけに、イギリスの大規模な音楽フェスティバルに映像アーティストとして4年連続で出場することができました。

イギリスの音楽とビジュアルの世界の最先端に関わらせてもらい、ずっと学んできた英語もマスターすることができました。それまでバラバラに頑張ってきたスキルが全て活かされるという経験でした。

さらには、多数のイギリス人アーティストと出会え、20年を経た今もFacebookなどを通じて交流しています。その音楽フェスティバルを創立した人が、音楽・映像とライフスタイルの提案を行うという新たなステージを築いているので、再びその輪の中に入っていけたらと思っています。人生の後半はお金儲けではなく、自分の心が喜ぶ仕事に取り組み、そこからインスパイアされるアイデアを仕事に活かしていくという循環を作りたいです。

職業人生を充実させるために

生涯現役を貫くためにオリジナリティを打ち出していきたい

コロナ禍にあって、今はリモートで日本のミュージックビデオ制作などをしています。仕事の依頼があったから制作するのではなく、好きな映像制作をしていて、それを見た人から仕事の依頼がくるという、好きなことが仕事につながっていく好循環の土台を作っているのが今の段階です。

お金は全て、制作用機材に費やしています。老後の蓄えも必要ではありますが、生涯現役を貫きたいと思っています。

今はYouTubeなどが普及し、映像制作やエンターテイメント業界でも若手の台頭が目立ちます。今の若手クリエイターは、生まれたときから身近にパソコンやスマホがあるパソコンネイティブ世代。現在47歳の私の世代では、映像制作のためのパソコンや機材を揃えるのに100万円以上かかったり、独学で学んだりしなければなりませんでした。

大勢の若手クリエイターが活躍する中で、デジタル機器の成長とともに仕事をしてきた自分なりのオリジナリティを出しながら、差別化していきたいと考えています。

生き残るクリエイターは諦めなかった人

若手のクリエイターが台頭する中ではありますが、私自身は「Going my way」で自分の表現の幅を広げつつ、これまでのアーティスト活動の経験を仕事に活かしていきたいと思っています。自分にしか作れない世界を追求することが大切だと考えているからです。

生き残るクリエイターは、諦めなかった人。本当に好きなことを突き詰め、評価してもらうことを繰り返すという積み重ねがあって、夢を叶えることができます。

日本は文化的なものにあまりお金をかけなかたり、価値を見出さなかったりする傾向があります。その中で、いかに自分が満足でき、かつクライアントに満足してもらえるかが必要になります。自分の好きなことを100%やるのではなく、自分の中で柔軟に折り合いをつけることもクリエイターの仕事として重要なことだと思います。

ミレニアル世代へのメッセージ

会社の売上に貢献することで報酬を得て、そのお金で遊ぶもよし、自分のために投資をするもよし、人それぞれだと思います。

ただ、会社での立場や仕事内容だけを考えていると、いつか心が枯渇してしまうかもしれません。稼いだお金で遊ぶ、自分をストイックに磨くなどいろいろな選択肢がありますが、最終的にはその行動の一つひとつが自分の人生となります。

自分が好きなことも、会社からいわれる苦手なことも全て、全力でぶつかっていくことが大事。今、有名になって活躍している人のほとんどが、見えないところで必死に努力を続けてきています。見せないだけです。そういうことを意識して毎日を送れば、全ては自分に還ってきます。何事も楽しく真剣に取り組むことが大切だと思います。

まとめ

クリエイターとして長年活躍してきた八八八さん。過去を振り返ってみると、就職してからの数年間は下積み時代ならではの苦しさはあったものの、それが次のステージにつながっていると語ってくれました。ミレニアル世代に向けては、何をしても最終的にそれが自分の人生になるというメッセージをいただきました。

生涯現役を貫きたいという八八八さんは、人生の後半はお金儲けではなく、自分の心が喜ぶ仕事に取り組みたいといいます。長い職業人生をどのように設計すべきか迷っている方の参考になれば幸いです。

※本記事に使用している画像はイメージです。

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