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2020.12.17

COLUMN

エンゲージメント調査

従業員エンゲージメント(Employee Engagement)
―その定義、効果、そして診断する意義とは?― 前編

早稲田大学 大学院経営管理研究科
教授 竹内 規彦

【目次】

1.139カ国中132番目―日本における「従業員エンゲージメント」:課題と定義
2.なぜ「従業員エンゲージメント」を高める必要があるのか
2-1.エンゲージメントが個人に与える影響
2-2.エンゲージメントが組織に与える影響
2-3.ブリッジとしての従業員エンゲージメント

1.139カ国中132番目―日本における「従業員エンゲージメント」:課題と定義

 米国の大手世論調査会社として知られるギャラップ社が2017年に発表した職場状況に関する国際比較調査の報告書において、日本の社員の仕事への熱意に対して警鐘を鳴らすような結果を公表しました(Gallup, 2017)。具体的には、日本における「熱意のある」社員の割合はわずか6%に過ぎず、71%が「熱意のない」社員に該当し、さらに23%は「全く熱意がない」社員という衝撃的な結果でした(表1参照)。この社員の熱意の度合いは、調査対象国139カ国中、実に132番目という低さであり、日本のビジネスの世界でもにわかに話題となりました(日本経済新聞, 2017)。

 

表1.主要国における従業員エンゲージメントの状況(ギャラップ社の調査結果から)表1.主要国における従業員エンゲイジメントの状況

 

 少し専門的な話になりますが、ここで「熱意」と簡易的に邦訳した言葉は、オリジナルの英語では “engagement”(エンゲージメント)と呼ばれています。このエンゲージメントという言葉は、近年、世界の経営学や心理学で最も注目を集めている用語の1つです。ボストン大学教授のウィリアム・カーンは、より広義の意味として、エンゲージメントとは、自己が何らかの対象に「認知的に」(cognitive-ly)、「感情的に」(emotionally)、そして「物理的に」(physically)どのように、またどの程度、関りを持っているかを指す用語として説明しています(Khan, 1990)。

 例として、婚約時に婚約相手に渡す「エンゲージ・リング」について考えてみましょう(「エンゲージ」=「エンゲージメント」とお考え下さい)。エンゲージ・リングに含まれる意味とは、まさに、婚約者のことをこれからもずっと考え(=認知的)、これからも心から愛し(=感情的)、そして実際に結婚する(=物理的)こと、この3つを誓う証の指輪と言えるでしょう。

 この広義の意味でのエンゲージメントという用語が、仕事場面の従業員や職場の状態を指す用語として応用され、「従業員エンゲージメント」、「ワークエンゲージメント」、「職務エンゲージメント」などのような表現で、近年用いられるようになってきました。以降、ここでは、従業員の職務に対するエンゲージメント(=「従業員エンゲージメント」)として表現を統一します。

 では、仕事や職場場面に限定した「従業員エンゲージメント」とは一体何でしょうか。エンゲージメントに関する既存の文献をレビューした上で、本稿では、従業員エンゲージメントを(1)思考面、(2)情緒面、そして(3)行動面の3側面において、自己が仕事に対し積極的に関与している状態と定義します。すなわち、従業員本人が、自身の仕事に対して、(1)よく考え集中し(=思考面)、(2)楽しみや熱意を覚え(=情緒面)、そして(3)行動として積極的に従事(=行動面)している状態を指します。したがって、従業員エンゲージメントが高い状態とは、頭の中も、心の中も、体でも仕事にポジティブに関わっている状態である一方、それが低い状況とは、頭も心も体も仕事には関与していない状況を指します(図1)。

 

 

 冒頭に説明したギャラップ社の調査結果では、日本の従業員の熱意(エンゲージメント)が低いという結果が示されていました。この調査項目を1つ1つ調べると、学術的な意味での「従業員エンゲージメント」に含まれる思考、情緒、行動の3つのエンゲージメントの要素のうち、「情緒」部分がよりフォーカスされた項目設定になっています。したがって、少なくとも、情緒レベル、すなわち仕事を楽しみ、情熱をもって取り組んでいるか、また取り組める環境があるかという点で、日本の従業員は国際的に見て極めて低い水準にあるということができるでしょう。

 

2.なぜ「従業員エンゲージメント」を高める必要があるのか

 では、従業員エンゲージメントの水準が低いことは、個人にとって、また組織にとって、どのような問題があるのでしょうか。逆に肯定的に言い換えると、なぜ高める必要があるのでしょうか。これまでの学術的研究で、エンゲージメントを高めることが大切であることを示唆する報告が数多くなされています。

2-1.エンゲージメントが個人に与える影響

 まず、個人への影響について見てみましょう。2010年に、カリフォルニア州立大学サンマルコス校教授のブルース・リッチらが、世界で最も権威のある米国経営学会の機関誌 “Academy of Management Journal”で発表した論文(Rich et al., 2010)は、従業員エンゲージメントが本人のパフォーマンスを引き出す上で、極めて重要な役割を果たすことを実証しています。

 図1は、その検証結果を要約したものです。この図の左側にある3つの要因、すなわち「(組織と個人の)価値観の一致」、「組織からのサポート」、「自己肯定感・自信感」は、いずれも「従業員エンゲージメント」を通じて、2種類のパフォーマンス(すなわち、上司評価による「仕事役割内の職務成果」と「仕事役割を超えた積極的行動」)を高めていることがわかります。より具体的には、思考面(=頭)、情緒面(=心)、行動面(=体)での仕事への関わりの度合いが統合された「従業員エンゲージメント」が、個人と組織との価値観の一致、組織からのサポート、また自己肯定感・自信感などの組織や個人がもつ諸資源を、実際のパフォーマンス向上に橋渡しする「ブリッジ」として機能していることがわかります。ちなみに、個人の職務成果には、(1)個人にアサインされた仕事役割の中に含まれるタスクの遂行度(=役割内パフォーマンス)と(2)設定された目標などの工数には含まれていない自身の仕事役割を超えたものではあるが、組織や業務プロセスの円滑化に向けてなされる自発的なアクション(=役割外パフォーマンス)の両者から捉えることが、組織行動学の研究でよく見られます。

図2.Rich et al. (2010) による従業員エンゲージメントと職務成果の関係の検証結果

 一方で、興味深いことに、「職務関与」(仕事への認知的な没頭の度合い)や「職務満足」(仕事への情動的な満足の度合い)、及び「内発的動機づけ」(仕事への行動を引き出す持続的なエネルギーの度合い)は、仕事のパフォーマンスとの間に統計的に有意な結びつきが見られません。すなわち、思考面(≒職務関与)、情緒面(≒職務満足)、行動面(≒内発的動機づけ)における仕事との関わり合いが、それ単体では、必ずしも職務成果の向上を十分に説明できないことを意味しています。

 

2-2.エンゲージメントが組織に与える影響

 従業員エンゲージメントが個人の職務成果改善につながることからも明らかなように、組織レベルでのパフォーマンスにも望ましい結果をもたらすことが、過去の研究で明らかになっています。ギャラップ社の主任研究員であるジェームス・ハーターらが、米国心理学会の一流誌である “Journal of Applied Psychology” に発表した論文(Harter et al., 2002)では、民間企業36社の傘下にある約8,000事業所のデータをもとにしたメタ分析結果から、事業所レベルでの従業員エンゲージメントといくつかの経営指標との関連について精査しました。その結果、所属する従業員のエンゲージメントが相対的に高い事業所ほど、従業員の離職率が低い一方、顧客満足度・顧客ロイヤリティ、収益性(営業利益率など)、生産性(一人当たり売上高など)が高いことを明らかにしています。

 特にこの研究では、従業員満足度との比較を行っていますが、従業員満足度に比べ、エンゲージメントは後者2つの指標、すなわち収益性と生産性との相関が強いという傾向を見いだしています。この点は、個人レベルで従業員エンゲージメントが職務上のパフォーマンスを高めていた点と一致します。このように、従業員エンゲージメントは、個人のみならず組織のパフォーマンスを向上させる上でも重要な役割を果たしていることが既存の学術研究でも裏付けられているのです。

 

2-3.ブリッジとしての従業員エンゲージメント

 以上の個人及び組織への効果を検証したエンゲージメント研究をまとめると、図3のような従業員エンゲージメントの機能とメカニズムが浮かび上がってきます。

図3.個人・組織諸資源とパフォーマンスをつなぐブリッジとしての従業員エンゲージメント

 

 すなわち、従業員エンゲージメントは、サポートや自律性、自己肯定感などの個人ないしは組織の諸資源と個人・組織レベルでの職務成果を結ぶ「ブリッジ」の役割を果たしていると言えるでしょう。当然のことながら、何らかの事情で橋がうまく機能していない、あるいは遮断されてしまっては、投入した資源や物資も適切に橋を渡せません。したがって、資源と成果との間のブリッジである従業員エンゲージメントが、何らかの理由で低下しているのであれば、そこをしっかりと高めていく必要があるのです。

 具体例を1つ挙げましょう。例えば、ある企業が教育・研修やメンタリングなど、従業員に対するサポートプログラムの充実に投資したとします。この投資自体は、従業員が会社から支援されているという知覚を、多かれ少なかれ高めることでしょう。図2にもあるように、このような組織からのサポートは、従業員エンゲージメント、職務関与、職務満足、内発的動機づけのいずれもある程度高める方向に作用します。しかし、エンゲージメントにしても、職務関与にしても、組織からのサポートだけで大きく変動するわけではありません。単純な相関でみても、0.4~0.5程度、すなわち約20%程度の説明力しか持ちえません。他の諸要因を考慮すれば、組織からのサポートが固有にエンゲージメントや職務関与などを説明する力はさらに低下します。むしろ他の諸要因により、従業員エンゲージメントの低下に結びついていることもあるでしょう。例えば、過度な成果へのプレッシャーや過度な仕事負荷があると、エンゲージメントは低下することがわかっています。

 したがって、企業が従業員へのサポートプログラムの充実に投資したとしても、従業員エンゲージメントが低い状況というのは十分に想定されます。その場合、従業員1人1人の職務成果の向上という形で投資を回収することが期待できるでしょうか。先述の通り、エンゲージメントは、個人・組織の諸資源(サポートは重要な組織資源の1つ)と実際の仕事パフォーマンスとの間に橋を渡すブリッジの役割を担っています。そのため、エンゲージメントが低いために、会社が経営努力で様々な施策を展開しても、従業員のパフォーマンス改善、ひいては組織のパフォーマンス改善として実を結ばないことが見られるのです。したがって、従業員エンゲージメントを向上させる、適切な水準を維持することは、従業員への投資とそこから得られるリターンを効率化、最大化する上で極めて重要であるといえるでしょう。

 

-続編記事:従業員エンゲージメント(Employee Engagement)―その定義、効果、そして診断する意義とは?― 後編
https://www.realone-inc.com/information/information-4981/

 

竹内 規彦〈早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授〉
Norihiko Takeuchi, Ph.D.
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。
専門は組織行動論及び人材マネジメント論。
東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、
2012年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。
2017年より現職。
2019年より京都大学経営管理大学院・客員研究員を兼任。
Asia Pacific Journal of Management副編集長、米国Association of Japan-ese Business Studies会長、 欧州Evidence-based HRM誌 (Emerald Publi-shing) 編集顧問、経営行動科学学会副会長、産業・組織心理学会理事、 組織学会評議員等を歴任。組織診断用サーベイツールの開発及び企業での講演・研修等多数。

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