2021.04.01
組織づくりコラム
COLUMN
エンゲージメント調査
【第2章】 2つのエンゲージメント
目次
1.実務分野の「従業員エンゲージメント(Employee Engagement)」
2.学術分野の「職務/仕事エンゲージメント(work engagement / job engagement)」
1.実務分野の 従業員エンゲージメント(Employee Engagement)
実務分野では、「従業員エンゲージメント(Employee Engagement)」と表記されることが多いようです。
コンサルティング会社、IT関連サービス会社、調査会社などを中心に、企業の収益性や生産性などを高めるためエンゲージメントを向上させようという提案が盛んになされています。
エンゲージメントが、目新しさや人目をひく単語ということもあり広がりを見せています。
私たちも、エンゲージメントへの関心が高まり、従業員の感情を大切にしようとする社会的な動きは大変歓迎すべきことだと考えます。
しかし一方で、エンゲージメントという言葉がかなり乱暴に扱われているという印象も受けます。
学術分野の研究者は、定義が乱立する状況に疑義を呈しており(例えば、Marcey & Schneider, 2008)、日本の現状もいささか混乱していると考えられます。
多様な定義が存在する従業員エンゲージメントですが、それらの内容を確認すると共通する部分も多いようです。
エンゲージメント研究の第一人者であるシャウフェリ教授とエラスムス大学ロッテルダム校のバッカー教授によると、従業員エンゲージメントは本質的に次の2点から定義されていると共通点を指摘しています(Schaufeli & Bakker, 2010)。
1.組織へのコミットメント(愛着)、具体的には感情的コミットメント(組織に対する情動的愛着)、継続的コミットメント(組織にとどまりたいという願望)
2.役割外行動(組織が効果的に機能するためにとる従業員の自発的な行動、自発的な貢献意欲)。
皆さんが理解するご自身のエンゲージメントと比べていかがでしょうか?
人材・組織の領域に知見のある方であればおわかりのように、これらの定義は、既に存在する伝統的な概念とさほど違わず、従業員エンゲージメントが全く新しい、オリジナリティある概念だと主張することはいささか不適切だと考えられます。
延世大学ビジネススクールのジョン氏も、学術誌「Performance Improvement Quarterly」に発表した論文で、「エンゲージメントは、古いワインを新しいボトルに詰め替えただけに他ならない(Jeung, 2011)」としています。
つまり、既に存在する
✓ 従業員満足(job satisfaction)
✓ 組織コミットメント(organizational commitment)
✓ 職務関与(job involvement)
✓ 職務組織市民行動(organizational citizenship behavior)
といった概念を一緒くたに混ぜ合わせて、使い勝手や受けの良い部分だけを残し、名称を変えただけにすぎないと考えられるのです。
また、より大きな問題は、従業員エンゲージメントが、会社の業績や従業員のパフォーマンス、離職などと関連していることが証明されたと公言している点です。
実際、ギャラップ社を除き、他のコンサルティング会社、IT関連サービス会社、調査会社などが提供する従業員エンゲージメントに、そのような関係があると、査読のある学術誌で報告され実証されたものはなく、科学的な根拠は示されていません(Schaufeli & Bakker, 2010)。
サービス提供会社が、マーケティング目的で、ギャラップ社の研究成果や後述する学術分野の研究成果を、自社の従業員エンゲージメントサービスに不適切に当てはめているのではないかと考えられます。
あるいは、上記のように、従業員満足(job satisfaction)や組織コミットメント(organizational commitment)といった実績ある既存の概念とさほど違わない内容のものを従業員エンゲージメントと定義し、企業業績との関係を調べ、証明されたなどと発表しているのかもしれません。もちろんそのような結果はエンゲージメントが効果的だと示すものではなく、既存の概念の効果が改めて確認されたにすぎません。
シャウフェリ教授とバッカー教授も、「科学的根拠を示す代わりに、従業員エンゲージメントと会社の収益性との間に関連が確認されたと報告書で述べているだけである」と指摘しています(Schaufeli & Bakker, 2010)。
それでも、昨今エンゲージメントがバズワード(※)となり、よく耳にするのは、コンサルティング会社やIT関連サービス会社、調査会社のマーケティング訴求力が強く、影響が大きいためだと考えられます。
人材・組織の領域では、どうしても流行り廃りがあり、新しい言葉がもてはやされるため、やむを得ないことかもしれませんが、流行っているから、新しいからといった理由で安易に飛びつくようなことは避けたいものです。
※バズワード(英: buzzword)とは、技術的な専門用語から引用したり、それを真似た言葉で、しばしば、素人がその分野に精通しているように見せるために乱用される、無意味だが、かっこいい、それっぽい言葉のことである。 また、特定の期間や分野の中でとても人気となった言葉という意味もある。出典ウィキペディア(Wikipedia)
2.学術分野の 職務/仕事エンゲージメント(work engagement / job engagement)
学術分野のエンゲージメントは、既存の従業員満足(job satisfaction)や組織コミットメント(organizational commitment)などに比べて比較的新しい概念です。
実務分野の「従業員エンゲージメント(Employee Engagement)」に対し、学術分野では「職務/仕事エンゲージメント(work engagement / job engagement)」と表記されることが多いようです。
カーン教授は、モチベーション研究の流れから、仕事上の役割に着目してエンゲージメントを提唱しました。論文の元となった質的研究(観察調査、インタビュー調査など)から、エンゲージメントを「従業員が自分自身を仕事上の役割に結びつけ、そこから得られる力を利用すること、すなわち、エンゲージしている人は、身体的、認知的、精神的に自分の仕事上の役割と関わっている」と記しています(Kahn, 1990)。
つまり、エンゲージしている従業員は、自分自身が仕事の役割と同一化しているため、「頭も、心も、体も(知情意)」、ポジティブに、熱心に取り組むと考えられます。
研究や理論の背景は異なりますが、エンゲージメントは、心理学者のチクセントミハイ博士が提唱した人の心理状態を表す“フロー(無我の境地)”と近い心理現象だとする研究者もいます(例えば、Skinner et al., 2009)。
※カーン教授の論文では「パーソナル・エンゲージメント(personal engagement)と、対となるパーソナル・ディスエンゲージメント(personal disengagement)」が登場します。
余談ながら、カーン教授の研究では「心理的安全性(Psychological Safety)」も登場し、エンゲージメントを高める重要な要因の一つだとしているのは実に興味深い点です。
心理的安全性とは、職場などの特定の状況下で、対人関係のリスクを取ることの結果に対する人の認知のことを言います(Edmondson, 1999)。つまり、「無知だ、無能だ、ネガティブだ、邪魔だと思われるような行動をしたとしても、このチームなら大丈夫」と信じられるかを表します。
心理的安全性は、1960年代から研究されてきましたが、最近ではGoogle社が実施した「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)(※リンク)」というリサーチプロジェクトが発表されると脚光を浴びました。
外部リンク:Google社 プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/identify-dynamics-of-effective-teams/
心理的安全性は、従業員の上向きで積極的な発言(声)、チームワーク、チーム学習、組織学習、イノベーションなどに欠かせない重要な要因だということが明らかになっています。
カーン教授の研究は、現在、人材・組織の領域で最も注目集める「エンゲージメント」と「心理的安全性」という、二つのキーワードが含まれており、先見の明には驚かされます。
カーン教授とは異なる研究アプローチとして、エンゲージメント(正式にはワーク・エンゲージメント、work engagement)を「バーンアウト(燃え尽き)」のポジティブな方向への逆概念と捉える研究も進んでいます。
バーンアウト(燃え尽き)症候群の研究の第一人者で、マスラック・バーンアウト測定尺度を生み出したマスラック教授とライター教授は、エンゲージメントを「エネルギー、関与、効力感によって特徴づけられ、バーンアウトの3次元の対極に位置するものだ」としています(Maslach & Leiter, 1997)。
シャウフェリ教授らは、エンゲージメントを「ポジティブで、達成感に満ち、仕事に関連のある心の状態である活力、熱意、没頭をその特徴とする」としています。また、その定義に基づいて、エンゲージメントを測定するユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)を開発しています(Schaufeli et al., 2002)。UWESは、現在、エンゲージメント研究で最も広く利用される尺度の一つとなっています。
カーン教授の流れをくむ尺度の開発では、2010年にリッチ教授らが、学術雑誌「Academy of Management Journal」で発表した尺度が高い評価を得ています(正式にはジョブ・エンゲージメント(job engagement))。統計分析により、職務パフォーマンスはもちろん、職務を超えた自発的で望ましい行動(組織市民行動)とも関連することを実証しています(Rich et al., 2010)。
エンゲージメント研究にも流派があり、定義や内容、評価尺度に違いがあるものの、シャウフェリ教授とバッカー教授によれば「行動的-エネルギー的構成要素(活力)、情動的構成要素(熱意)、認知的構成要素(没頭)が含まれることについては、意見の一致が認められる」としています(Schaufeli & Bakker, 2010)。
なお、エンゲージメント研究は歴史が浅く、多くの研究余地や課題が残されており、これからの発展が期待されます。ただ残念ながら、研究分野におけるエンゲージメントについての盛り上がりや関心は、実務分野のそれとは異なり、一部の研究者にとどまっているようです。
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