ウェルビーイング経営とは?具体的な取り組み方や成功事例をご紹介

近年、従業員の健康だけではなく幸せの実現も目指す「ウェルビーイング経営」に取り組む企業が増えています。従業員の幸福度を上げることは、モチベーションや定着率を高めるだけではなく生産性や創造性も高め、ひいては企業価値の向上に繋がります。

本記事では、これからウェルビーイング経営を実践する企業様向けに、ウェルビーイング経営の基本的な考え方や取り組み方について成功事例を交えて解説します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

ウェルビーイングとは

家族

ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念です。ウェルビーイングは、1946年に設立された世界保健機構(WHO)の憲章の中における健康の定義として、初めて登場した言葉としても知られています。

WHO憲章では健康を以下のように定義しています。

「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(Well-being)にあることをいいます」
(日本WHO協会:訳)

ウェルビーイングは心身だけではなく、社会的にも満たされている状態を意味することから、幸福な状態として捉える考え方もあります。また、個人が感じる幸福度や充実度は「主観的ウェルビーイング」と呼ばれています。

これまで幸福に関しては心理学者が中心となって研究を進めてきましたが、昨今では神経科学者や経済学者が加わりました。そして幸福に関する論文がサイエンス誌に掲載されたことをきっかけに、世界中の政府や企業が幸福度の測定方法及び向上方法について関心を持つようになりました。

ウェルビーイング経営とは

女性スタッフ

ウェルビーイング経営とは、ウェルビーイングの概念を職場に適用させたもので、従業員の身体・精神がともに健康で、社会的にも満たされた状態を目指す経営を指します。厚生労働省の「平成30年度雇用政策研究会報告書」では、「就業面におけるウェル・ビーイング」を以下のように定義しています。

「就業面からのウェル・ビーイングの向上とは、働き方を労働者が主体的に選択できる環境整備の推進・雇用条件の改善等を通じて、労働者が自ら望む生き方に沿った豊かで健康的な職業人生を送れるようになることにより、自らの権利や自己実現が保障され、働きがいを持ち、身体的、精神的、社会的に良好な状態になること」

従って、ウェルビーイング経営とはメンタルヘルス不調や生活習慣病を予防することだけではなく、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高め、安心して活き活き働ける状態を実現させる経営手法なのです。

ウェルビーイング経営が注目されている背景

オフィス街

日本でウェルビーイング経営が注目されている背景として、1) 人材不足と流動性の高まり、2) 価値観の多様化、3) 技術革新や新型コロナウィルスの感染拡大による働き方の変化があります。政府は2040年の日本が目指すべき姿として「一人ひとりの豊かで健康的な職業人生の実現、人口減少下での我が国の経済の維持・発展」を掲げています。

1. 人材不足と流動性の高まり

2022年の出生数は80万人を割り、過去最低を記録しました。さらにパーソル総合研究所の調査では、2030年には644万人の人手不足に陥ると予測されています。今後、日本が深刻な人手不足に直面することは容易に想像できることでしょう。

また、ミレニアル世代やZ世代を中心に終身雇用への関心が薄まっています。自分に合った働き方や仕事内容を求めて転職することは、珍しいことではなくなりました。加えて昨今の円安の影響もあり、日本ではなく海外で働くことを希望する若者も増えていくと考えられます。

2. 価値観の多様化

労働者の価値観の変化は終身雇用に対してだけではありません。インターネットの普及で国内外の情報を得やすくなったことで、私たちの価値観は多様化しました。世界的にダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)の考え方が浸透していく中で、多様な価値観を表に出しやすい世の中になってきています。

ビジネスシーンにおいては、多様な価値観がイノベーション創出に繋がったという成功事例が広まり、積極的にDE&Iを推進する企業が増えています。ボストン・コンサルティング・グループの調査分析(※1)では、管理職のダイバーシティとイノベーションの成果(過去3年間に発売された製品が収益に占める割合)との間には、統計的に有意な関係があることが明らかになっています。

3. 働き方の変化

価値観の変化、AIやロボットによる技術革新、新型コロナウィルスの流行などによって、人々の働き方は大きく変わりました。例えば、転職や副業の普及、技術革新による雇用の代替や新技術を扱う新たな雇用の誕生、フレックスタイム制やテレワークの一般化などがあります。

また、外国人やシニアの雇用、女性活躍を推進するために、多様な働き方に対応していく必要性も高まってきています。それぞれの従業員が置かれている状況を鑑みて、企業は制度や仕組みの見直し、活き活きと幸せに働ける環境を整えることが求められています。

ウェルビーイング経営に取り組むメリット

打ち合わせの画像

企業は生存と繁栄をキーワードに、働き手の多様なニーズに対応しながら、限られた人的資本で生産性を向上させ、企業価値を高めていく必要があります。ウェルビーイング経営にはさまざまなメリットがあり、企業価値創造に貢献します。ここでは代表的なメリットを5つご紹介します。

【メリット1】モチベーションの向上

従業員が身体的・精神的・社会的に良好な状態となることを目的として整備された職場環境は、従業員の満足度とモチベーションの向上に繋がります。さらに、バークレー大学ビジネススクールの研究(※2)では、幸福度の高い従業員は他の従業員にもポジティブな影響を与え、個々人そしてチーム全体のモチベーションを向上させる効果があると言われています。

【メリット2】生産性の向上

リュボミルスキーらの研究(※3)によると、幸福度の高い従業員はそうでない従業員と比較して生産性が31%高く、売上が37%高いということが明らかになっています。さらに幸福度の高い従業員は欠勤率が41%低く、業務上の事故が70%低いことも報告されています。よって、ウェルビーイング経営は従業員のパフォーマンス向上を期待できると言えます。

【メリット3】創造性の向上

同じくリュボミルスキーらの研究(※4)では、幸福度の高い従業員はそうでない従業員と比較して、創造性が3倍高いことが明らかになっています。また、幸福度の高い従業員は良好な人間関係を構築している傾向にあるため、交流によって組織全体のクリエイティビティをより高められると考えられます。

【メリット4】離職の防止・人材確保

幸福度の高い従業員はそうでない従業員と比較して離職率が59%低いという研究結果(※5)があります。ウェルビーイング経営を通じて従業員の幸福度を上げることは、離職の防止に繋がります。また、このような取り組みを実施していることは求職者へポジティブな印象を与え、人材確保の面においても効果的です。

【メリット5】人的資本の開示への対応

2018年に人的資本の開示に関する国際規格ISO30414が発行され、欧州や米国で人的資本の開示の動きが加速している中、日本でも開示ルールの策定が開始されています。2022年に内閣官房より公表された「人的資本可視化方針」の中では、エンゲージメント、採用、人材維持、精神的健康など19項目が推奨開示項目として挙げられています。ウェルビーイング経営は人的資本の開示項目を上げる効果を期待できます。

ウェルビーイング経営の取り組み方

会議

ウェルビーイング経営の実践には、「PERMAモデル」が役立ちます。PERMAモデルとは、米国ペンシルベニア大学のマーティン・セリグマン氏が提唱している幸せを構成する5つの要素です。5つの要素を高めることで持続的な幸せを実現できるとされています。

幸福を高める5つの要素「PERMAモデル」と具体策

セミナー

PERMAモデルの5つの要素は「P:ポジティブ感情」、「E:(何かへの)没頭」、「R:人との関係」、「M:生きる意味」、「A:達成」です。ここでは、各要素の意味について解説した上で、これらを高める具体策をご紹介します。

P:Positive Emotion

Pは「ポジティブ感情」です。ポジティブ感情とは、嬉しい、楽しい、面白い、感謝、感動などの感情を指します。ポジティブ感情は、モチベーションやエンゲージメントの向上を促進させます。

【具体策】

  • 感謝の気持ちを伝え合う文化の醸成と仕組みの構築
  • リーダーシップ研修で部下のポジティブ感情を引き出すコミュニケーション手法を指導

E:Engagement

Eは「(何かへの)没頭」です。PERMAモデルのエンゲージメントは物事への没頭を指し、人事用語として使われる「従業員エンゲージメント」とは意味が異なります。ここでのエンゲージメントは繋がりや帰属意識ではなく、フロー体験やゾーン体験と近い意味合いを持ちます。

【具体策】

  • 仕事に没頭できる職場環境の整備
  • 従業員が没頭できるプロジェクトを実施(例:Mercari HACK WEEK

R:Relation

Rは「人との関係」です。家族、パートナー、友人、仲間などとの関わりは、人生の幸福感を高めます。職場においては、同僚、上司、部下に置き換えて考えることができます。関係性を実感できる状況としては、「支援を受ける」や「支援をする」があります。

【具体策】

  • チームビルディングなど、コミュニケーションを活性化する取り組みの実施
  • ツールを用いて業務内容の共有や可視化を行い、従業員同士の助け合いを促進

M:Meaning

Mは「生きる意味」です。具体的には生きる意味を自覚することを指します。ポジティブ心理学では、生きる意味が明確な人とそうでない人の間には、幸福度に差があることが明らかになっています。また、社会や環境などの「大きいもの」に対して、自分は何ができるのか考えて取り組むことも幸福感や充実感に繋がります。

【具体策】

  • 生きる意味や志について考える研修を実施する
  • 会社のパーパスを明確にし、日々の仕事との繋がりを感じられるように上司が支援する

A:Accomplishment

Aは「達成」です。達成したという事実だけではなく、達成に向けて努力する過程も含まれます。職場においては、部門の目標を達成する、昇進する、新規事業を立ち上げる、資格を取得するなどが挙げられます。

【具体策】

  • 部門や個人に対して的確な目標を設定する
  • 資格手当を導入し、達成感を得られる機会を提供

ウェルビーイング経営の成功事例

女性スタッフ

実際にウェルビーイング経営はどのようにして取り組まれているのでしょうか?ここでは、ウェルビーイング経営を推進している国内企業の事例を2つご紹介します。

積水ハウス株式会社

積水ハウスのビジョンは「『わが家』を世界一 幸せな場所にする」ですが、このビジョンを実現するためには従業員の幸せが不可欠であるとし、「積水ハウスを世界一幸せな会社にする」を掲げ、ウェルビーイング経営に取り組んでいます。

2020年からグループ全従業員を対象に「幸せ度調査」を実施し(※5)、その結果をアニュアルレポートで公開しています。人的資本の開示を見据えた先進的な取り組みと言えるでしょう。

株式会社デンソー

デンソーはウェルビーイングの概念の中でも「繋がり」に重点を置き、従業員を巻き込みながら健康経営を推進することで幸福度を高めています(※6)。具体的には、各現場に「健康リーダー」を置き、自分たちに合ったやり方を自分たちで決めて健康に必要なアクションを起こしています。

デンソーは「誰もがウェルビーイングでいられる環境を自分たちから」という考えのもと、従業員一人ひとりが健康でいられる環境づくりに取り組んでいます。

ウェルビーイング経営に取り組むためには

ディスカッション

ウェルビーイング経営を実践することで、従業員のモチベーション、生産性、創造性、定着率を高められます。その結果、企業価値の向上が期待できます。また、人的資本の開示の潮流からも、ウェルビーイング経営の重要性は増してきています。

しかし、従業員が「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」を実現することは容易ではありません。そのため、ウェルビーイング経営は長期的な取り組みとして捉える必要があるでしょう。今回ご紹介した事例を参考に、成果を測定・評価しながら進めてみてはいかがでしょうか。

参考文献