健康経営とは?期待できる財務的効果と取り組む際のポイントを解説

健康経営という言葉が日本で盛んに使われるようになったのは2010年代のことです。最近では健康経営の効果が表れ始め、その取り組みを公開する企業も増えてきています。本記事では、健康経営の歴史を紐解きながら、健康経営に取り組む必要性や効果について事例と併せてご紹介します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

健康経営とは

ビジネスウーマン

健康経営とは、従業員の健康への投資を通じて生産性を向上させ、企業利益を創出するために戦略的に実行する経営手法です。経済産業省では、健康経営の概要を示す資料にて以下のように定義しています。

「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営学的な視点で考え、戦略的に実践すること」

要するに、従業員の健康状態が良好でなければ、会社の業績は向上しないという概念です。

歴史的には、1960年代のアメリカにおける労災や医療費負担の増加が、従業員に対する健康増進の取り組みの始まりと言われています。1992年には、心理学者のロバート・H・ローゼン氏が「The Healthy Company」にて「従業員の健康管理を重要な経営課題として捉え、企業が従業員個人の健康増進や健康の維持を実践することで生産性などの業績向上を図る」という健康経営の概念を示しました。

日本では少子高齢化や日本企業の生産性の低さを背景に、政府が積極的に健康経営を推進するように企業に働きかけています。代表的な施策として、2012年に日本政策投資銀行によって開始された、健康経営に取り組んでいる企業の金利を優遇する「健康経営格付融資」や、2014年度に経済産業省と東京証券取引所が共同で始めた「健康経営銘柄」が挙げられます。

健康経営はこれまで企業が実施してきた健康管理の枠組みを越え、従業員の健康増進だけではなく、健康経営に取り組んだ結果として、顧客満足や社会貢献の実現が期待されています。現在、経済産業省は健康経営をESGにおける「S:Social」として位置づけています。

健康経営が注目されている理由

日本では1972年に労働安全衛生法が施行され、労働災害を防ぐだけではなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて、労働者の安全と健康を確保することが企業に求められるようになりました。

さらに2015年にはストレスチェック制度が義務化され、企業は従業員の身体だけではなく、メンタル面の健康も守ることが課せられるようになりました。このように、健康経営は一過性のブームではなく、時代の流れとともに進化しています。ここでは、今日において健康経営が注目されている理由をご紹介します。

1. 人生100年時代に向けての両立支援として

企業活動を行うためには、健康な経営者と従業員が不可欠です。少子高齢化と寿命の延伸が進んでいる日本では、定年年齢が60歳から65歳へ引き上げられ、70歳まで委託可能となりつつあります。

1985年以降、悪性新生物(がん)の罹患率は増加していますが、医療の発達により死亡者は減少傾向にあります。治療しながら、あるいは家族を介護しながら、生活・仕事をする人が増えていることを意味します。これからの健康経営は従業員の健康維持・増進、予防対策、疾病対策だけではなく、両立支援も視野に入れて取り組む必要があるでしょう。

2. 人的資本経営の取り組みとして

先進国にて人的資本経営のための情報開示が進む中、日本でも開示ルールの策定が開始されています。2022年時点で内閣官房が推奨している開示項目の中には、従業員の「精神的健康」と「身体的健康」が挙げられています。

従業員の心身の健康状態は、他の推奨開示項目である「エンゲージメント」、「採用」、「人材維持」などにも影響を与えると考えられ、健康経営は人的資本経営において重要な役割を果たすと言えます。

また、ミシガン大学の研究チームによると、従業員の最大の健康関連コストは医療費ではなくプレゼンティーイズム(出勤はしているが、病気や怪我などの健康上の理由で業務能率が下がっている状況のこと)であると示されています(※1)。

この研究結果からも、従業員の健康状態は、従業員が生産性高く活き活き働くための基盤であり、健康経営は人的資本経営を実践する上で不可欠であると言えるでしょう。

健康経営に関する認定制度

書類

健康経営を実施することで健康に関する認定を受け、企業イメージの向上を図れます。健康経営を実施する際は、これらの認定制度の取得も視野に入れて取り組むといいでしょう。

1. 健康経営銘柄

「健康経営銘柄」とは、経済産業省と東京証券取引所によって2014年度にスタートした認定制度です。2021年度には1万5000社以上が申請し、健康経営に取り組む企業が増えていることが分かります。

本制度では、東京証券取引所の上場企業の中から、健康経営に優れた企業が選定されます。評価基準は以下の通りです。また、健康経営銘柄に選定されるためには、毎年8月から10月ごろに行われる健康経営度調査に回答する必要があります。

【健康経営銘柄の評価基準】

  • 健康経営が経営理念・方針に位置づけられているか
  • 健康経営に取り組むための組織体制が構築されているか
  • 健康経営に取り組むための制度があり、施策が実行されているか
  • 健康経営の取り組みを評価し、改善に取り組んでいるか
  • 法令を遵守しているか

2. 健康経営優良法人

「健康経営優良法人認定制度」とは、日本健康会議が進めている健康増進の取り組みや地域の健康課題に即した課題に取り組んでいる企業を顕彰する制度です。本制度は「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の2部門に分かれています。

「健康経営優良法人」として認定されるとロゴマークを使用できるようになり、社内外に戦略的に健康経営を実施している企業としてアピールできます。

また、健康経営優良法人は自治体や金融機関によるインセンティブを受けられます。具体的には公共調達加点、融資優遇、奨励金や補助金、保証料の減額や免除などがあります。

3. 健康経営優良法人ホワイト500/健康経営優良法人ブライト500

「健康経営優良法人ホワイト500」とは、健康経営優良法人の大規模法人部門の上位500社に対する認定です。そして「健康経営優良法人ブライト500」は中小規模法人部門の上位500社に対する認定です。

認定されると、健康経営優良法人ロゴに「ホワイト500」もしくは「ブライト500」と記載されたロゴを使用できます。

健康経営の推進で得られる3つのメリット

ミーティング

健康経営を推進することで、どのようなメリットや効果を期待できるのでしょうか?ここでは、海外の先行研究や国内企業の報告などを参考に、健康経営によってもたらされるメリットや効果についてご紹介します。

【メリット1】生産性の低下の防止

ハーバード大学公衆衛生学教授のバイカー氏らの研究(※2)では、従業員の健康に投資される1ドルで、病欠日数の減少、より高い生産性、医療費の減少が図られ、約3ドル節約できることが明らかになっています。

また、デンソー健康保険組合は「へるすあっぷ21」(2013年1月号)にて、「病気で欠勤した従業員による生産性損失は年間8億6千万円となり、これに対し腰痛や不眠など軽症不健康による生産性損失は年間200億円と推定された」と報告しています(※3)。

ここで推定された軽症不健康による生産性損失額は、デンソーの2013年3月期連結決算当期純利益の約11%に相当する額であり、従業員が不健康な状態で働くことによるネガティブ・インパクトは非常に大きいことが分かります。

従って、健康経営を実施することは生産性低下の防止だけではなく、生産性損失の防止・改善にも繋がると考えられます。

【メリット2】経営リスクの回避

三菱UFJモルガン・スタンレー証券のアナリストが実施した、健康経営銘柄に選定された企業の経年分析結果(※4)では、健康経営を実施している企業は株価変動リスクが低く、投資収益率が期待収益率を上回る数値が年々高くなってきたと報告されています。

また、不健康な状態での就業は生産性が低下するだけではなく、判断がにぶる可能性も高まります。その結果、健康であれば起きなかったはずの事故や不祥事が発生するリスクが上がります。

そのため、従業員の健康を維持・増進することは、病気による欠勤、不注意による不祥事や事故、生産性の低下の予防に繋がり、リスクマネジメントの観点からも有効であると考えられます。

【メリット3】企業イメージの向上

戦略的に健康経営に取り組み、健康経営に関する認定を受けることで企業イメージの向上を期待できます。企業イメージが向上することで、求職者、取引先、投資家、金融機関などからの印象がよくなります。

新井氏らの国内企業を対象とした調査(※5)では、健康経営に取り組むことでメディアに掲載されたり、採用応募者数が増えたりするなど、イメージアップによる効果を実感している企業の存在が報告されています。

健康経営の取り組み方

会議

健康経営は他社の取り組みを真似するだけでは成功しません。ここでは、健康経営に取り組む際に押さえておきたいポイントについて解説します。

1. 経営陣が率先して健康経営を推進する

健康経営を成功させるためには、経営戦略のひとつとして位置づけることが不可欠です。従業員の健康を守るという目的だけでは、社内の優先順位が低くなり、経営状況によっては中断・中止の対象となる恐れがあります。そのため、健康経営の推進には経営陣が率先して参画し、戦略的に進める必要があるでしょう。

2. 健康経営のプロジェクトチームを作る

健康経営の取り組みを社内全体に浸透させるためには、組織横断型のプロジェクトチームが効果的です。経営陣や人事部門はもちろん、他部門の従業員、労働組合、産業医、健康保険組合などを巻き込みましょう。さまざまなメンバーが健康経営に関わることで、現場のニーズが把握でき、従業員に必要とされる健康維持・増進の取り組みを企画することができます。

3. 課題を確認し、目標を立てる

健康経営の取り組みは自社に合ったものでなければ意味がありません。そのため、自社の従業員の健康状態にどのような課題があるのか、その健康状態を引き起こしている原因は何かを明らかにすることが重要です。

課題を洗い出す際には、以下のようなデータが役立ちます。データなどを参考に課題の確認ができたら、改善目標を設定します。そして、改善目標を達成するために課題を引き起こしている原因の改善を実際の取り組みとして実行していきます。

【課題を洗い出す際に役立つデータ】

  • 健康診断やストレスチェックの受診率や結果
  • 有給休暇の消化率
  • 残業時間の累計、月平均、週平均
  • 遅刻や欠勤の数

また、これらのデータに加えて、仕事に対する意欲や組織・仲間・待遇に対してどのように感じているか測る「従業員満足度調査」、仕事にどのくらい積極的に関与できているか測る「エンゲージメント調査」も役立ちます。

従業員満足度調査やエンゲージメント調査は、従業員のメンタル面も分かるため、勤怠データと組み合わせて課題発見や原因究明に活用するといいでしょう。

※関連記事:「従業員エンゲージメントとは?」

4. 計画の実行と評価

自社の課題の確認と目標設定ができたら、計画を立てて実行に移していきます。実際に取り組むのは従業員のため、始めのうちはシンプルで継続しやすい内容がいいでしょう。

【取り組みの例】

  • ノー残業デーを作る
  • 会議前に軽いストレッチや運動を行う時間を作る
  • 健康に関するセミナーの開催
  • 健康に配慮されたオフィス家具の設置

取り組みは実行するだけではなく、従業員の参加率などを測定して評価まで行います。参加率が芳しくない場合はすぐにその取り組みを中止するのではなく、まずは参加率を上げるための対策を検討しましょう。

また、計画の実行フェーズでは、経営陣やプロジェクトチームを通じて啓蒙活動を続け、組織として本気であることを従業員に理解してもらえるように動くことが大切です。

健康経営は経営戦略

立ち話

従業員は企業の競争力を支える重要な経営資源です。そして個々の能力は、健康な状態によって発揮されることは言うまでもありません。いまや、従業員の健康への投資は先進的な企業だけではなく、どの企業にも求められる時代となっています。本記事が皆さまの健康経営の推進の一助となれば幸いです。

参考文献

  • ※1 Loeppke, Ronald, Michael Taitel, Vince Haufle, Thomas Parry, Ronald C. Kessler, and Kimberly Jinnett. “Health and Productivity as a Business Strategy: A Multiemployer Study.”, 2009.
  • ※2 Baicker, Katherine, David Cutler, and Zirui Song. “Workplace Wellness Programs Can Generate Savings.”, 2010.
  • ※3, 5 新井卓二, 玄場公規. “経営戦略としての「健康経営」従業員の健康は企業の収益向上につながる!”. 合同フォレスト株式会社, 2019.
  • ※4 岡田邦夫, 山田長伸. “なぜ「健康経営」で会社が変わるのか”. 株式会社法研, 2018.