パーパス経営とは?パーパスが持つ戦略的な役割と成功事例をご紹介

パーパス経営とは、企業の社会的な存在意義を明確にし、企業価値を高める経営手法です。パーパスは人材確保の観点だけではなく、顧客や投資家からの信頼獲得の観点でもとても重要な概念です。本記事では、パーパス経営を実践する意義、パーパスを戦略的に活用して事業を成長させるポイントについて、事例を交えながら解説します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

パーパス経営とは

会議

パーパス経営とは、企業が社会の中でどのようにありたいのか、企業の存在意義を社内外と共有する経営手法です。

パーパスは英語で「存在意義」という意味ですが、一橋ビジネススクールの客員教授の名和高司氏はパーパスを「志」とし、パーパス経営を「志本経営」と呼んでいます。志という言葉からも感じ取れる通り、パーパスは企業の内側から湧き出てくる、企業活動の動機と捉えることもできます。

製品やサービスの生産効率化を重視していた20世紀型のビジネスにおいては、生産設備や知的財産が価値であり、これらを独占している企業が従業員を囲い込むことで成長してきました。

しかし、デジタルインフラ上でビジネスを展開する21世紀においては、知識創造の量と質、スピードが価値となります。企業が成長するためには、外部からヒト・モノ・カネ・情報などの資源を引き付け、より多くの知恵を生み出す必要があります。

パーパスは価値創造に繋がる外部資源を呼び込む求心力となるため、今後も経営の中で重要な役割を果たすと言えるでしょう。

ミッション・ビジョン・バリューとの違い

会議

パーパスと似た言葉として、ミッション・ビジョン・バリューがあります。ミッション・ビジョン・バリューはMVVとも呼ばれ、企業経営の核として扱われる概念のひとつです。

【ミッション・ビジョン・バリューとは】

  • ミッション:組織の存在意義を定めたもの
  • ビジョン:ミッションを実現したときの組織の社会像をより具体的に野心的に提起したもの
  • バリュー:組織の従業員が共有する価値観で、組織文化をつくることが目的のもの

パーパスは志のように内側から湧いてくる企業としての存在意義であるのに対し、ミッションは企業として目指したい方向を指し示す外側に重心のある目標です。パーパスはミッションの一種であるという見方をする専門家もおり、パーパスとミッションを完全に異なるものとして考えることは難しく、必ずしも分けて考える必要はないでしょう。

重要なポイントは、パーパスでもミッションでも、社内外から共感され、企業の価値創造に欠かせないヒト・モノ・カネ・情報を引き寄せる「求心力」としての役割を果たせているかどうかです。

パーパス経営が求められる背景と取り組む意義

SDGs

なぜパーパス経営が社内外で求められているのでしょうか?ここでは、パーパス経営が求められている背景と取り組む意義について解説します。

1. SDGsへの関心の高まり

2015年に国連サミットでSDGsが採択されました。SDGsとは、持続可能な社会(サステナブルな社会)を実現するための17の項目から構成されている国際目標です。17の目標の例としては、「すべての人に健康と福祉を」「ジェンダー平等を実現しよう」「働きがいも経済成長も」「気候変動に具体的な対策を」などがあり、企業レベルで取り組まなければ実現が難しい課題が多くあります。

国内では外務省が「SDGsアクションプラン2021」を発表し、企業に対して具体的な方向性を示しました。企業は利益だけではなく社会や環境にも着目し、長期的な視点でSDGs達成に向けて事業を営むことが求められるようになりました。

SDGsが目指す持続可能な社会を実現させる取り組みを「サステナビリティ経営」と呼びます。サステナビリティ経営を推進するためには、企業は自社の社会的な存在意義であるパーパスを明確にし、従業員に理解・浸透させる必要があります。このような背景から、パーパスの策定や見直しが求められるようになりました。

2. ミレニアル世代やZ世代の台頭

ミレニアル世代(1980年〜1990年代半ばに生まれた世代)とZ世代(1996年以降に生まれた世代)の台頭もパーパス経営が求められている背景のひとつです。この世代はこれまで日本経済を担ってきた団塊世代・氷河期世代とは異なる価値観を持っています。

ミレニアル世代はバブル崩壊後の経済情勢の厳しい環境の中で育ってきました。また、この世代はインターネット環境の中で育ったデジタルネイティブの側面も持っています。幼少期の経験やインターネットから得られる世界中の様々な情報から、「社会に貢献したい」という気持ちを強く持っている世代です。

Z世代もミレニアル世代同様にデジタルネイティブですが、Z世代はSNS上での情報共有が活性化している中で育っているため、ミレニアル世代よりも多種多様な価値観に触れる機会が多くありました。また、環境問題がより注目されている時代に幼少期を過ごしたことから、「社会課題を解決したい」という気持ちを強く持っている世代です。

ミレニアル世代及びZ世代は「社会の中で自分たちはどのように生きるか」を考えている世代であり、仕事に従事するにあたっても、企業のパーパスに共感できるかどうかを重要視しています。

3. ESG投資の拡大

ESG投資が広がったことにより、環境や社会に貢献しているかどうかが投資判断に影響するようになりました。そのため、社会の中での自社の在り方を表明して企業活動を行う、パーパス経営を推進している企業が投資家から選ばれやすくなっています。

ESG投資とは、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資です。EはEnvironment(環境)、SはSociety(社会)、GはGovernance(企業統治)の頭文字で、世界中の投資家が企業のESGに注目しています。

ESG投資は1920年からある考え方ですが、本格的に普及したのは国連が「責任投資原則(PRI:Priciples for Responsible Investment)」を提唱した2006年だと言われています。責任投資原則とは、投資家が意思決定する際にESGの観点を考慮すべきとした、世界共通のガイドラインです。野村アセットマネジメントによると、2020年3月末時点で責任投資原則に賛同する機関は3,000を超え、署名機関の総資産運用残高は100兆ドルを超えています。

パーパスが持つ戦略的な2つの役割

プレゼン

スイスのビジネススクール、国際経営開発研究所(IMD)の教授、トーマス W. マルナイト氏らが年30%以上の成長を5年間記録した企業28社を対象に実施した研究(※)によると、パーパスは2つの重要な戦略的役割を担っていることが分かりました。1つ目は活動領域の再定義を助けること、2つ目は提供価値の再形成を可能にすることです。

パーパスの戦略的役割その1:活動領域の再定義を助ける

高成長企業は既存のビジネス領域を活動範囲とせず、自社が携わっている領域のエコシステム全体について考え、ビジネスチャンスを探ります。その際、やみくもにエコシステムに手を出すのではなく、パーパスを道しるべとしてアプローチし、様々なステークホルダーと関わり合いながら利害関係で結びつきます。

マルナイト氏はペットフード業界の2社を事例にパーパスと活動領域の再定義の関係について説明しています。

ネスレ・ピュリナ・ペットケア社は北米を代表するペットフードの会社で、「ペットとのよりよい暮らし」をパーパスとして掲げています。一方のグローバルリーダーのマース・ペットケア社は「ペットのためのよりよい世界」をパーパスとして掲げています。

どちらのパーパスもペットの健康改善に役立つ製品開発を目指していますが、ピュリナ社はペットフード分野に焦点を合わし続け、限られた分野でパーパスを活用しているのに対し、マース社は動物病院の買収を繰り返し、ペットの健康改善というエコシステムの中で活動の幅を広げることにパーパスを活用しました。

マース社は75年に渡って商品の製造販売に頼ってきた企業ですが、製品以外のサービスへと事業を拡大することで大きく成長しました。このような拡大は多くの企業で失敗する可能性がありますが、マルナイト氏は「会社の中核となるパーパスに沿うよう常に行動した」ことがマース社の成功要因であると分析しています。

パーパスの戦略的役割その2:提供価値の再形成を可能にする

一般的に、コモディティ化が進むと利益率は落ちると言われています。そのため、企業は製品・サービスやビジネスモデルの革新を通じて利益率を向上・維持を図ります。しかし、このような対応は一定の即効性はあるものの、現分野のみの勝ち残りを目指した「業務遂行型アプローチ」であるとマルナイト氏は述べています。

一方、ペットフード業界の事例で示した通り「パーパス型のアプローチ」はエコシステムの中で成長を促進するため、顧客に対してより総合的な価値提供が可能となります。パーパス型のアプローチで提供価値を再形成する方法は「トレンドに対応する」「信頼をベースにする」「悩みに焦点をあてる」の3つがあります。次章では、パーパス型のアプローチで提供価値の再形成を実現した企業の事例をご紹介します。

パーパス経営で提供価値を再形成した事例3選

成長

ここでは、3種類のパーパス型アプローチで提供価値を再形成した事例をご紹介します。

1. トレンドに対応する

物理的な警備サービスを提供していたスウェーデンの警備会社セキュリタスAB社は、人件費の高騰や技術革新の流れを受け、パーパスを「受動型セキュリティ」から「予測型セキュリティ」に再定義し、電子セキュリティ事業を強化。人的警備、電子セキュリティ、リスク管理などをセットにしたサービスを新たにつくり、提供価値の再形成を実現しました。

2. 信頼をベースにする

インドのマヒンドラ・ファイナンス社はパーパスを「顧客の暮らしを向上させる」へ再定義し、従業員を信頼して自由な発想をもとに変革を起こすことを期待しました。その結果、従来難しいと考えられていた文字の読み書きができない貧しい農村部の住人が新たなターゲットとして定められました。

貧しい農村部では毎月の収入のわずかな金額でさえ、手放すことに抵抗を持っていました。また、収入がモンスーンの影響を受けることもしばしばありました。そんな中、マヒンドラ社は農村部の生活水準でも加入できる新しいローン設計や返済条件などを開発し、住民から信頼を得ることに成功しました。そして、提供サービスを住宅金融へ拡大、さらには農村部の個人から中小企業へと顧客を広げ、提供価値の再形成を実現しました。

3. 悩みに焦点をあてる

マース・ペットケア社は「ペットのためのよりよい世界」を実現するために、飼い主の大きな悩みのひとつであるペットの健康問題の予防に焦点をあて、サービスを模索することにしました。マース社はペットの活動をモニターし、居場所を追跡できる首輪デバイスを開発している企業を買収。そして傘下の動物病院と連携し、ペットの健康状態の変化がいつ・どのような行動から分かるかの研究を進めながら、提供価値の再形成を進めています。

パーパスをスローガンで終わらせないために

パーパス経営は、企業の新たな価値創造と競争力をつけるために必要な取り組みです。企業が発信するパーパス、すなわち社会の中での存在意義は、顧客・従業員・投資家などのあらゆるステークホルダーとの関係性を強化します。

パーパスは単なる従業員の動機づけのスローガンではありません。自社が誰のためにどんな価値を生み出すのか、そのことが社会的にどのような意義があるのかを明確に示し浸透させることで、従業員はパーパス実現に向けて動き始めます。

しかし、掲げているパーパスと企業の実態が伴っていない場合、従業員をはじめとしたステークホルダーから信用を失ってしまいます。そのため、人事部門は従業員満足度調査エンゲージメントサーベイを通じて、従業員が自社のパーパスについてどのように感じているか、パーパスがモチベーションに繋がっているのかなどを測り、経営陣・各部門と連携しながらパーパス経営の推進に取り組むと良いでしょう。

参考文献

  • ※ DIAMONハーバード・ビジネス・レビュー編集部. 「PURPOSE パーパス ー 会社はなんのために存在するのか あなたはなぜそこで働くのか」. ダイヤモンド社, 2021