360度評価だけでは組織は変わらない

リーダーシップ開発研究が示す「組織開発」の重要性

シリーズ|Leadership Development研究から学ぶ、人と組織がともに成長する組織づくり

管理職向けの学習機会を用意した。360度評価も実施し、本人に結果を返却した。今後の行動目標も立ててもらった。

それにもかかわらず、しばらくすると、職場は以前とあまり変わっていない――。

このような悩みを抱えている企業や組織は、少なくありません。

360度評価に意味がないわけではありません。管理職が自分の行動を振り返り、強みや改善課題を理解するうえで、360度評価は有効な手法です。

ただし、管理職個人が成長することと、組織全体が変わることは同じではありません。

一人の管理職が部下の話を丁寧に聞くようになっても、職場全体に失敗を責める風土があれば、メンバーは率直に発言しないかもしれません。仕事を任せようとしても、権限や役割が不明確であれば、管理職は細かな確認を続けざるを得ないこともあります。

この違いを理解する手がかりになるのが、リーダーシップの開発・育成(Leadership Development)に関する研究です。

本記事では、リーダー個人を育てることと、組織のリーダーシップを育てることの違いを整理し、なぜ360度評価だけでは組織が変わりにくいのか、組織開発の視点から解説します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

この記事の要点

  • 360度評価は、主に管理職個人の自己認識と行動改善を支援する手法である
  • リーダー個人の育成と、組織全体のリーダーシップの開発・育成は、対象と育てるものが異なる
  • 管理職の行動は、本人の能力だけでなく、職場の関係性、制度、業務量、上司の関わり方からも影響を受ける
  • 360度評価は現状を知るうえで有効だが、新しい行動への挑戦と継続的な支援が必要である
  • 組織を変えるには、管理職本人の成長と、その成長が生かされる組織環境の両方に働きかける必要がある

「リーダーを育てる」と「リーダーシップを育てる」は同じではない

リーダーシップ開発研究の代表的な論文に、David V. Day氏が2000年に発表した「Leadership Development: A Review in Context」があります。

この論文では、次の二つが区別されています。

一つは、リーダー個人の育成(Leader Development)です。

もう一つは、リーダーシップの開発・育成(Leadership Development)です。

リーダー個人の育成リーダーシップの開発・育成
主な対象一人ひとりのリーダー人と人との関係、チーム、組織全体
育てるもの知識、スキル、自己認識、判断力信頼、対話、相互尊重、協力関係、共通認識
重視する力自分を理解し、行動を調整する力他者と関係を築き、力を合わせる力
研究上の考え方人的資本の形成社会関係資本の形成
目指す状態よりよいリーダーが育つ組織全体でリーダーシップが発揮される

リーダー個人の育成は、一人ひとりの知識、スキル、経験、自己認識などを高める取り組みです。研究では、これを人的資本(Human Capital)の形成として捉えています。

一方、リーダーシップの開発・育成では、信頼、相互尊重、協力関係、共通認識など、人と人との関係の中に蓄積される力を育てます。研究では、これを社会関係資本(Social Capital)と呼びます。

少し難しく聞こえるかもしれませんが、意味は明快です。

優れた管理職を一人育てるだけでなく、上司、同僚、部下が目的を共有し、互いに信頼し、必要なときに協力できる関係を育てるということです。

リーダーシップを、一人の優れた人物だけが持つ能力として捉えるのではありません。人と人との関わりから生まれ、組織の中で発揮されるものとして考える点が重要です。

360度評価は「リーダー個人の育成」に強い

360度評価では、本人の自己評価に加えて、上司、同僚、部下など、複数の立場から管理職の行動について評価を集めます。

本人の認識と周囲の認識を比較することで、自分だけでは気づきにくい強みや改善課題を確認できます。

例えば、本人は「部下の意見をよく聞いている」と考えていても、部下は「話は聞いてくれるが、最後には上司の考えで決まる」と感じているかもしれません。

反対に、本人は自分の説明力に自信を持っていなくても、周囲からは「複雑な状況を分かりやすく整理してくれる」と評価されている場合もあります。

このような認識の違いに気づくことは、管理職の成長にとって大きな意味を持ちます。

360度評価を通じて、次のような問いを考えられます。

  • 自分では気づいていなかった強みは何か
  • 自己評価と周囲の評価に差がある行動は何か
  • 上司、同僚、部下によって見え方が違う行動は何か
  • 現在の役割で、優先して改善すべき行動は何か
  • 今後さらに伸ばしたい行動は何か

したがって、360度評価は、主としてリーダー個人の育成に役立つ手法だといえます。

360度評価は、成長の出発点である

Day氏は、人の成長には、現状を把握することだけでなく、新しい行動へ挑戦すること、その挑戦を継続できるように支えることが必要だという考え方を紹介しています。

360度評価は、このうち現状を把握することに強みがあります。

本人の認識と周囲の認識を比較し、これまで見えていなかった課題を明らかにする点では、非常に有効です。

一方、評価結果を示すだけでは、次のことまでは決まりません。

  • 本人は何を優先して変えるのか
  • どのような行動へ置き換えるのか
  • どの仕事や場面で試すのか
  • 誰が実践を支えるのか
  • いつ、どのように振り返るのか

つまり、360度評価はゴールではなく、成長の出発点です。

結果を受け取った後に、次の流れを設計する必要があります。

結果を理解する
取り組む課題を絞る
具体的な行動へ置き換える
職場で実践する
周囲から反応や助言を得る
一定期間後に振り返る

評価結果を返却した時点では、この流れの最初の段階に立ったにすぎません。

なぜ、管理職が変わっても組織は変わらないのか

ある管理職が、360度評価を通じて自分の課題に気づいたとします。

部下の話を最後まで聞く。仕事を適切に任せる。部下の良い行動を認め、言葉で伝える。部署を越えて周囲と協力する。

いずれも望ましい行動です。

では、次のような職場で、その行動を継続できるでしょうか。

  • 失敗すると強く責められる
  • 上司が細部まで管理することを求めている
  • 業務量が多く、部下と話す時間がない
  • 部署間の対立が続いている
  • 経営方針や優先順位が現場へ共有されていない
  • 評価や意思決定の基準が不透明である
  • 新しい行動を試しても、上司や周囲から反応がない

本人に変わろうとする意思があっても、このような環境で新しい行動を続けることは簡単ではありません。

部下に仕事を任せようとしても、失敗が許されない職場では、管理職も細かく指示せざるを得なくなります。

部下との対話を増やそうとしても、目の前の業務に追われ続けていれば、十分な時間を確保できません。

他部署と協力しようとしても、部署ごとの目標や評価の仕組みが対立を生んでいれば、管理職一人の努力だけでは解決できないでしょう。

個人の行動は、本人の能力や意欲だけで決まるものではありません。その人を取り巻く人間関係、組織風土、制度、仕事の進め方からも影響を受けます。

だからこそ、個人だけを育てる取り組みで、組織全体まで変えようとすることには限界があります。

組織に必要なのは「関係性を育てること」

リーダーシップの開発・育成では、組織全体でリーダーシップを発揮するために、社会関係資本を育てることが重視されます。

職場に置き換えると、次のような状態です。

  • 困ったときに相談できる関係がある
  • 立場を越えて意見を伝えられる
  • 相手が約束を守るという信頼がある
  • 部署や役割を越えて協力できる
  • 組織の目的や大切にすることを共有している
  • 必要な情報が適切な人へ届く
  • 問題を隠さず、改善へ向けて話し合える

優秀な管理職がいても、周囲との信頼関係がなく、部署間で情報が共有されず、メンバーが発言を控えている状態では、組織として十分な力を発揮できません。

反対に、管理職一人がすべての答えを持っていなくても、メンバー同士が意見を出し合い、必要な人と協力し、問題を解決できる組織であれば、変化への対応力は高まります。

ここから「組織開発」が必要になる

組織開発とは、個人、チーム、組織全体に計画的に働きかけ、組織がよりよく機能し、自ら改善を続けられる力を高める考え方です。

組織開発で扱うものは、人間関係だけではありません。

  • メンバー同士の信頼や対話
  • チーム内外の協力関係
  • 情報共有や意思決定の進め方
  • 役割や責任の明確さ
  • 組織の制度や仕事の仕組み
  • 経営方針や価値観の共有
  • 組織が自ら課題を見つけ、改善する力

なども含まれます。

リーダー個人の成長が職場で生かされるためには、本人へ行動改善を求めるだけでなく、その行動を実践しやすい組織環境をつくる必要があります。

360度評価は不要なのではなく、「それだけでは足りない」

「360度評価だけでは組織は変わらない」という主張は、360度評価の効果を否定するものではありません。

360度評価には、管理職が自分を客観的に振り返り、周囲への影響を理解するための重要な役割があります。

問題は、360度評価だけに、管理職育成から組織変革までのすべてを期待してしまうことです。

必要なのは、次の二つの視点です。

1.リーダー個人の成長を支援する

  • 結果を正しく理解する
  • 強みと課題を整理する
  • 取り組む行動を一つか二つに絞る
  • 仕事の中で実践する
  • 周囲から継続的に反応を得る
  • 一定期間後に振り返る

2.組織の状態を改善する

  • 信頼関係や心理的安全性があるか
  • 必要な情報が共有されているか
  • 部署内外で協力できるか
  • 管理職が新しい行動を試す時間と権限があるか
  • 上位者が望ましい行動を支えているか
  • 制度や評価の仕組みが、求める行動と矛盾していないか

両方に目を向けて初めて、管理職個人の成長を、職場全体の変化につなげられます。

360度評価後に、人事が確認したい4つのこと

1.本人が結果を理解し、受け止められているか

結果を一人で読ませるだけでは、誤解や過度な落ち込みが生じることがあります。フィードバック面談などを通じて、結果の読み方、強み、改善課題を整理します。

2.取り組む行動が具体的になっているか

「コミュニケーションを改善する」といった目標だけでは、実践につながりにくくなります。

例えば、次のように具体化します。

  • 週1回、部下と短い対話の時間を設ける
  • 会議では、自分が意見を述べる前にメンバーへ質問する
  • 良い行動を見つけたら、その日のうちに本人へ伝える

3.行動を妨げる職場環境がないか

本人だけに努力を求めず、新しい行動を妨げるものがないかを確認します。業務量、上司の関わり方、職場の心理的安全性、部署間の関係、評価制度などに問題があれば、個人の行動目標だけでは改善できません。

4.一定期間後に振り返る機会があるか

2~3か月後などに、実践できたこと、難しかったこと、周囲に起きた変化、今後続ける行動を確認します。次回の360度評価を待たず、日常の短いフィードバックも活用します。

リアルワンが、個人と組織の両方を支援する理由

多くの組織では、360度評価、従業員満足度調査やエンゲージメント調査などの組織調査、学習・育成支援、組織改善が、それぞれ別の施策として実施されています。

しかし、実際の職場では、人と組織を切り離すことはできません。

管理職の行動が職場の関係性に影響し、職場の関係性が管理職の行動にも影響します。

だからこそ、リアルワンでは、360度評価によってリーダー個人の自己認識と成長を支援するだけでなく、組織調査を通じて、その人を取り巻く職場や組織の状態を把握することを重視しています。

また、評価や調査を行うだけでなく、結果をもとにした対話、課題の整理、行動計画の作成、実行後の振り返りまでを一つの流れとして考えています。

私たちが目指しているのは、管理職だけを変えることでも、調査の数値だけを改善することでもありません。

人と組織が互いに影響しながら、ともに成長できる状態をつくることです。

まとめ:360度評価と組織開発は、どちらも必要

360度評価は、管理職が自分の強みや課題を知り、行動を見直すための有効な手法です。

一方、組織全体を変えるには、管理職個人の能力だけでなく、職場の信頼、対話、協力関係、制度、仕事の進め方にも目を向ける必要があります。

整理すると、次のようになります。

360度評価は、リーダー個人の成長を支援する。
組織開発は、その成長を実践し、組織へ広げられる環境をつくる。

どちらか一方を選ぶのではなく、二つを結びつけることが重要です。

自社の育成施策は、個人の知識やスキルを高めることに偏っていないでしょうか。

管理職が学んだことを実践できるだけの信頼関係、対話の機会、上司からの支援、仕事の仕組みが用意されているでしょうか。

個人と組織の両面から現在の施策を見直すことが、人と組織がともに成長する仕組みをつくる第一歩になります。

よくある質問

360度評価だけでは効果がないのでしょうか

360度評価には、管理職が自分の強みや改善課題を理解するうえで重要な効果があります。ただし、結果を返却するだけで行動変容や組織変革が起きるとは限りません。課題の具体化、周囲からの支援、実践、振り返りを組み合わせることが重要です。

リーダー個人の育成と、リーダーシップの開発・育成は何が違いますか

リーダー個人の育成は、一人ひとりの知識、スキル、判断力、自己認識を高める取り組みです。リーダーシップの開発・育成は、信頼、対話、協力関係、共通認識などを育て、複数の人が力を合わせてリーダーシップを発揮できる状態をつくる取り組みです。

360度評価の後、人事は何をすればよいですか

本人による結果の理解、取り組む行動の具体化、行動を妨げる職場環境の確認、一定期間後の振り返りを設計します。評価結果を一度返して終わるのではなく、継続的な成長プロセスとして運用することが重要です。

組織開発とは何ですか

組織開発とは、個人、チーム、組織全体に計画的に働きかけ、組織がよりよく機能し、自ら課題を発見して改善を続けられる力を高める取り組みです。対話、調査結果のフィードバック、チームづくり、仕事の進め方や組織文化の改善などが含まれます。

管理職本人の努力で変えられない課題は、どうすればよいですか

業務量、制度、権限、部署間の目標、上位者の関わり方などに原因がある場合は、人事や経営が課題を引き取り、組織全体の問題として対応する必要があります。

参考文献

  • Day, D. V.(2000)“Leadership Development: A Review in Context.” The Leadership Quarterly, 11(4), 581–613. DOI: 10.1016/S1048-9843(00)00061-8
  • Day, D. V., Fleenor, J. W., Atwater, L. E., Sturm, R. E., & McKee, R. A.(2014)“Advances in Leader and Leadership Development: A Review of 25 Years of Research and Theory.” The Leadership Quarterly, 25(1), 63–82. DOI: 10.1016/j.leaqua.2013.11.004

次回予告

次回は、個人の成長を組織の変化につなげるために、組織の何を把握すればよいのかを取り上げます。

なぜ組織調査が組織開発の出発点になるのか――「測るだけ」で終わらせない組織調査の活用法

従業員満足度調査やエンゲージメント調査などの組織調査を、単なる点数の測定で終わらせず、職場の対話と改善につなげるための考え方を解説します。